京丹波の里山で、自然と人とアートをつなぐ
皮革作家
石黒由枝さん、幹朗さん
京都市内から車で約1時間。豊かな森に抱かれた京丹波町に暮らす、皮革作家の石黒由枝(よしえ)さんと幹朗(みきお)さんご夫妻。兵庫県から移住したお二人は、自然に寄り添う暮らしのなかで、ものづくりと向き合う日々を送っています。京丹波との出会いから現在の暮らしまで、お話を伺いました。
あくせくしない暮らしを求め、京丹波・和知へ

ご夫婦共に兵庫県に生まれ育ち、結婚後は西宮市を拠点にしていた石黒さん夫妻。「若い頃から、都会暮らしに違和感を感じていた」といいます。
「都会にいると、せかせかと時間だけが流れていく気がして。なんでもあるけど、本当に欲しいものがない気がしていました」
そんな思いから、自然の近くで暮らしたいという気持ちが次第に強くなっていきました。関西近郊で移住先を探すなかで出会ったのが、京丹波町北部の和知エリアでした。
「何もない」からこそ選んだ場所

和知は、由良川上流に位置し、川から山へと階段状に田畑が広がる「河岸段丘」の美しい風景が広がる地域です。
「関西近郊をいろいろ見て回ったなかで、ここが一番田舎で、何もなかったんです(笑)」
そう振り返るお二人ですが、その“何もなさ”こそが決め手でした。
「高台に建つ自宅前から眺める風景に、僕らはひと目惚れしてしまったんです。田畑が多く、空気が澄んでいるので、ひとつ向こうの集落もよく見える。夕暮れどき、影絵のように山や家が浮かび上がってくる姿も幻想的で美しかった。インドネシアの影絵みたいだなあと思ったんです」(幹朗さん)。
「山が近いので1本1本の木が見えて、四季の変化も手にとるようにわかります。実際に住んでみて、ますます和知が大好きになりました」(由枝さん)。
暮らしてわかった、本当の豊かさ
現在暮らしている住まいのそばには、古い農具小屋を改装したアトリエがあります。大きな窓からは光が差し込み、外にはのびやかな里山の風景が広がります。
窓を開ければ、鳥の声や風の音、木々のざわめきが日常の一部になる暮らし。「しとしと降る雨の音さえも愛おしい」と由枝さんは話します。
「ここには、遊ぶ場所やお店は少ないけれど、その分自分たちにとって本当に必要なもの、不必要なものがはっきり分かるようになりました。何もないなら自分たちで工夫して作ればいい。以前よりずっと、豊かな気持ちで過ごせるようになりました」(幹朗さん)。
何かを足すのではなく、削ぎ落とすことで見えてきたもの。京丹波での暮らしは、お二人の価値観そのものを少しずつ変えていきました。
現在、お二人はそれぞれのかたちでものづくりに向き合っています。
由枝さんは革製品を中心に、暮らしに寄り添う道具を制作。幹朗さんは自然素材に向き合いながら、作品を生み出しています。
自然の中で生活するなかで得た感覚や気づきは、日々の制作にも大きな影響を与えているといいます。
幹朗さんの制作の原点には、ある体験があります。地元の猟師のもとを訪れ、実際の猟に同行したことでした。
「革を扱う者として、“はじまり”を知っておきたいと思ったんです」
当初は緊張もあったといいますが、目の当たりにしたのは、自然への敬意に満ちた営みでした。猟師はできるだけ苦しみを与えないよう瞬時に仕留め、無駄なく解体していきます。
「その一連の動きには、命をいただくことへの覚悟と敬意がありました」
分けてもらった生皮を自らの手で加工するなかで、さらに強く感じたのは、動物が生きてきた痕跡の存在でした。しわや傷、血管の跡。それらはすべて、その命が過ごしてきた時間の証でもあります。
「この痕跡のひとつひとつが、とても尊く感じられたんです」
自然の中で暮らすことは、命との距離が近くなることでもありました。
移住者から、アートと地域をつなぐ存在へ

和知エリアでは毎年春、「森の展示室」という野外アートイベントが開催されています。自然の中に作品を展示し、訪れた人が自由に楽しむこの催しに、お二人も関わっています。
もともとは参加作家のひとりでしたが、現在は運営にも携わるようになりました。
「森の中で作品を展示すると、ごまかしが効かなくて、本質が見えてくるんです。雨や光によって素材が変化することも含めて、自然と向き合う経験になりました」
移住者としてこの土地に関わるなかで、今では人と地域、そして自然をつなぐ役割も担うようになっています。
自然に囲まれた京丹波での暮らしは、お二人にとって「何をつくるか」だけでなく、「どう生きるか」を見つめ直す時間でもありました。
静かな里山で積み重ねられていく日々。その一つひとつが、これからの暮らしや表現へとつながっていきます。
お二人の歩みは、これからもこの場所で、ゆるやかに続いていきます。
※記載の内容は取材時のものです。







