綾部陣屋
綾部市
慶安3(1650)年、初代綾部藩主・九鬼隆李によって築かれました。九鬼隆李は志摩国鳥羽藩主・九鬼守隆の三男で1万9500石の大名として明治維新まで続きました。最初に陣屋を築いたのは慶安3年(1650)由良川沿いの下市場(現:綾部高校由良川キャンパス付近)でしたが、火災によって焼失し、翌慶安4年(1651)に上野(現:綾部小学校・大本神苑付近)に再建して城下町を形成しました。
お城の推しポイント
- 鳥羽から綾部と三田へ志摩国鳥羽藩主・九鬼守隆は後継者選びで御家騒動を起こしますが、最終的に後継者を久隆とし、隆季に1万石を分知することで決定を下しました。 しかし、直後に守隆が没し、九鬼家臣団が御家騒動を再燃させたことにより、ついに江戸幕府が介入する事態に。その結果、久隆は三田へ、隆季には綾部が与えられ初代綾部藩主となりました。
- 石垣と遺構が伝える城の歴史登城途中には屋敷跡や城門跡の名残が見られ、頂上には石垣が残っています。歩きながら城の構造や当時の様子を想像でき、歴史を身近に感じられるのが魅力です。
- 九鬼水軍綾部に入部以前の戦国時代、九鬼家は伊勢・志摩(三重県)を拠点とする九鬼水軍として知られていました。隆季の祖父である九鬼嘉隆は九鬼水軍を率い、織田信長に仕えて頭角を現し志摩国の統一を果たし、更に伊勢湾から畿内にかけての制海権を担いました。特に、全国に信者を擁する一大宗教勢力だった大坂本願寺や、毛利輝元に組して瀬戸内海を支配した村上水軍との戦いは有名です。 九鬼嘉隆は、こうした経歴とその勢威から江戸時代には軍記物などで海賊大名とも称されています。
御城印
綾部藩九鬼氏の家紋、左三巴(ひだりみつどもえ)をあしらったデザインになっております。
訪陣記念として、お買い忘れの際にご利用ください。
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九鬼氏ゆかりの綾部陣屋跡を象徴する陣屋印。家紋を中心に和の意匠でまとめ、建物が現存しない陣屋跡の歴史や背景を視覚的に伝えます。訪問の記念として気軽に楽しめ、史跡散策の思い出を形に残せる一枚です。
御城印受け取りについて
- 販売場所
- 綾部市観光協会
- 料金
- 300円