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藍染作家 大前直子さん、康多さん

美山での日々が染め上げる、ブルーに恋して

藍染作家
大前直子さん、康多さん

緑豊かな山々、のどかなかやぶきの家並みが広がる南丹市美山町。この地で築120年の古民家に暮らしながら、伝統的な藍染めを行なっているご夫婦がいます。アメリカ西海岸で出会ったお二人は、さまざまな縁に導かれてこの地へ。お二人が染め上げる色は、美山の澄み渡るような青空、紺碧の夜空を映したような気持ちのいいブルー。素敵な色が生まれる秘密を教えていただきました。

日本の藍を学ぶため、アメリカから美山へ

藍染作家

世界各地に藍染めの文化があるなかで、群を抜く美しさで知られる日本の天然藍染め。京都・木津川出身の大前直子さんがその魅力に出会ったのは、アメリカの大学でアートを学んでいたときのことでした。染色の授業を通して藍染めに魅了された直子さんに、恩師が美山在住の藍染め作家で、「ちいさな藍美術館」を主宰する新道弘之さんを紹介してくれたのだそうです。

「大学の休みを利用して工房を訪ねたのですが、自然の素材のみを使って先生が染め上げる藍色の美しさに、心から感動してしまって。アメリカで使われていた化学染料とは、色の冴えも深みもまるで違った。日本にはこんな色があるのかと、胸が高鳴ってワクワクしたんです」。

藍染作家
天然の藍染めに使う植物は、国や地域によって異なる。こちらは本州で主に使われる「タデアイ」。葉に青色の色素が含まれている。

大学卒業後、アメリカで染色アーティストとしての道を歩み出した直子さんでしたが、美山で出会った”天然の藍染め”への思いは日に日に募るばかり。ついには帰国し、新道さんから技法を教わることになったそうです。

美山に根ざすということ

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独立とほぼ時を同じくして、アフリカン・ドラムの奏者である康多(こうた)さんと結婚された直子さん。現在の作品制作は、康多さんの頼もしいサポートを受けながら、二人三脚で行われています。

実は当初、美山以外で活動拠点を探していたというお二人。「師匠に頼らず、新天地を探したい」と、半年をかけて小豆島に淡路島、奈良の川上村、柳生、京都の和束とさまざまな土地を訪ね歩いたといいます。ところが、なかなか良い出会いに恵まれず困っていたところ、ハローワークを通じて美山で仕事と社宅を見つけたそう。

「自分たちなりに考え、探した結果が美山なら、それは運命なのかもしれないと感じました。このご縁を大切にしたいと思ったんです」(直子さん、康多さん)。

藍染作家
現在の大前家が暮らす「かやぶきの里」の集落。
50戸のうち39戸がかやぶき屋根の古民家で、住民が共同体を築いて助け合うことで、かやぶき文化を守り続けている。

この時、大前家が紹介された仕事は林業。深い山へ入り、材木を伐採する仕事です。危険も伴う大変な作業でしたが、「おかげで美山の森や里山の営み、自然の厳しさも知ることができました」と康多さんは振り返ります。

二人にとって美山に根ざすことは、人間目線の「いいとこどり」ではありません。自然と共存しながら、その恵みも、大変な面もすべて受け入れて暮らしていくことなのです。

藍染作家
大前さん夫妻と二人の息子さんが暮らす、築120年の古民家。
日々の燃料の薪は、里山を守るために間伐された材木。その灰は、藍染めに欠かせない材料になる。

藍を建てる—神秘的な発酵の世界

藍染作家
藍染作家
藍染作家

お二人が行う藍染めは、「天然灰汁発酵建て(てんねんあくはっこうだて)」と呼ばれるもの。江戸時代に生まれた技法で、自然の原料のみを用い、目に見えない微生物の力で発酵させた染料を使うのが特徴です。

「この技は、日本人の生活の知恵そのもの。準備に手間はかかりますが、生の葉が採れない季節も染めることができ、さまざまな色や濃淡の表現もできます。毎回染めるたび、新しい感動で胸がいっぱいになるんです」(直子さん)。

この製法に欠かせない原料が「すくも」(写真右上)。タデアイの葉を、藍師の技で100日かけて発酵・堆肥化させたもので、いわば”藍の色素を濃縮させた状態”です。これを藍甕に入れ、広葉樹の灰で作る「灰汁(あく)」や「ふすま(小麦の皮)」「酒」などの栄養分を加えると、すくもに宿る菌が活性化し、藍の色素が染料にとけ出すのだそう。

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甕内の発酵が進んで、染料になるまでは約10日間。
甕の中央に、きらきら光る青い泡のかたまり(藍の華)が浮かんだら、「もう染められる状態だよ」という藍からのサイン。

お二人によれば「藍は、生きもの」。暑すぎても寒すぎても菌が活性化しないため、藍甕の管理には細心の注意が必要なのだとか。その意味で、「かやぶきの家と藍は相性がいい」と話します。屋根や土壁は断熱・調湿作用があるため、夏はクーラーがなくても涼しく、さらに、土間に藍甕を埋めることで、温度変化が少なくなり、藍が過ごしやすい環境になるそうです。

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昔ながらの「おくどさん」が残されている大前家の土間。
「この竈や室内のストーブで薪を燃やし、藍染めに必要な年40kgの灰を確保しています」(康多さん)。

藍の呼吸とリズムに寄り添って

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作品づくりの要である染めの工程も、自然の神秘を感じるひとときです。

白い生地を甕にそっと浸し、染料を行き渡らせた後、水の中で生地を泳がせていきます。すると水中の酸素と反応し、生地がみるみる鮮やかな水色に……! 生まれたての青色の清々しさに、心が洗われるよう。

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衣服やストールを染めるときは、この作業を7回ほど繰り返し、丁寧に染め重ねていくのが二人のこだわり。アート作品の場合は15回以上染めることもあるといいます。「重ねて染めることでより深い色になり、”色の冴え”が生まれるんです。色が定着するので、色移りの心配もありません」(康多さん)

藍甕の寿命はおよそ2〜6ヶ月。その間は何度でも染めることができますが、1日染めたら、翌日の染めはお休み。藍が疲れてしまい、良い色が出ないのだとか。あわてず、焦らず。二人のものづくりは、藍の呼吸に合わせたリズムで進んでいきます。

  • 藍染作家
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大前さん夫妻が展開するブランド「OW」。Tシャツやストール、エプロンなど、気軽な日常のウェアを通して、藍染めの魅力を発信中。

「藍染めにまつわる文化、機能性を語り伝えていくこと」も、二人が大切にしている想い。藍で染めた衣類は虫よけや消臭、抗菌などの作用で知られ、古くから庶民の暮らしで活かされてきました。また、濃い藍で染めた布は耐久性が高く、サステナブルな素材として今再び注目を集めています。

知るほどに奥深い、天然の藍染めの世界。まっすぐで誠実な二人の手仕事は、環境や人にやさしい暮らし、植物が秘める力に思いをはせるきっかけを私たちに教えてくれるようです。

OW

写真提供(美山かやぶきの里):一般社団法人南丹市美山観光まちづくり協会

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