小畑城跡
綾部市
小畑城跡は東西に流れる伊路屋川に向かって北から南に延びる丘陵の頂部に位置します。城は標高103mの小高い丘陵地を利用しています。 城跡は尾根の北側に堀切を設け、その南側を城域としています。城域の最高所に位置する主郭は長さ約50m、幅約20mをもち、北辺には土塁を設けています。土塁の北側には堀切を配し、その北側にはさらに土塁状の高まりがあり、その先は自然地形を利用した深い堀切となっています。
お城の推しポイント
- 初心者でも安心して登れる城跡風光明媚な景観と稲荷神社主郭の南辺にも土塁状の高まりがあり、高まりの北端から南側の曲輪へ続く道が接続し、さらに山麓へつづら折れの道が繋がっています。主郭の南側には何段かの平坦面が作られていますが、その一つに稲荷神社が祀られています。南西側の山麓からこの神社への参道が現在の登山道となっています。
- 石垣城主:波々伯部(ははかべ)氏小畑城の城主波々伯部氏は、もとは多紀郡(現在の丹波篠山市)東部に興った豪族で16世紀頃に小畑の地に進出したと考えられています。小畑城を中心に小西城、六反城を配して守りを固め、福知山猪崎城の塩見氏などとも姻戚関係を結んでいたと云われています。天正7年の明智光秀の丹波攻めに遭い、滅ぼされたと考えられています。
- 三坂女﨟物語天正7 年7 月24 日(一説には8 月18 日) 猪崎城主塩見播磨守は明智光秀の軍勢に攻められ、城に火を放って逃れようとしましたが討手に命を奪われました。追っ手が血刀を洗った言われる「みたち池」は鍜治屋町にあって、その池の水は今でも濁っていて澄むことはないと言われています。「みたち池」(「身断ち」と「御太刀」の2説)は、池と周囲が整備されています。
御城印
小畑城の城主、波々伯部氏の家紋をあしらったデザインになっております。
御登城記念として、お買い忘れの際にご利用ください。
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小畑城 概略小畑城跡は、東西に流れる伊路屋川に向かって北から南に延びる丘陵の頂部に位置します。城跡は尾根の北側に堀切を設け、その南側を城域としています。城主は『丹波志』等の資料に戦国時代後期にこの地域の領主となった波々伯部氏と伝えられています。現在城跡は一般企業や学校等の協力を得て、桜の植樹や階段状の道の整備が行われています。
御城印受け取りについて
- 販売場所
- あやべ観光案内所(JR綾部駅前)
8:30~18:00 ※年末年始休業
または
里山ねっと・あやべ(綾部市鍛治屋町)
9:00~17:00 ※火曜休館 - 料金
- 1枚300円
- 注意事項
- ※城跡と御城印の販売場所が違います。
詳細情報
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- 住所
- 京都府綾部市小畑町松原
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- アクセス
- 【自動車】舞鶴若狭自動車道「綾部IC」から約17分
京都縦貫自動車道「綾部安国寺IC」から約25分
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- 駐車場
- あり(高源寺駐車場利用)
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- 電話番号
- 0773-42-9550(あやべ観光案内所)