周山城址
京都市右京区京北
周山城は明智光秀が本能寺の変直前に築き、安土城にも匹敵する規模です。1579年の築城から光秀の滅亡によって10年余で廃城となりましたが、430年を経た今も目前に迫る石垣等はその壮大さと高い技術力で築かれた中世山城の代表的な遺構として実物を垣間見ることができます。是非、現地で実感してください。
お城の推しポイント
- 東(石の城)と西(土の城)で構成され、東西1300m、南北700mの区画には40数か所の曲輪と虎口や堀切が配されています。
- 430年を経ても当時を彷彿させる石垣が現存し、その一つとして「高さ5mにもなる角石」と左右に連なる石垣群や、曲輪を囲む「延長20m余の石塁」が目の前に迫り、当時の雄姿が見えるようです。
- 文化庁及び京都市がこれまで4度にわたり実施した発掘調査では数々の遺構が出現し、特に令和6年度では幅7m、11段にもなる階段が発見され、その上部にあった威厳ある薬医門の礎石が明らかとなりました。
- 今後の発掘調査の中で特に重要視される「本丸」とその周辺では、本丸の形容(ヨ型の地下倉庫上に天守が築かれていたのでは)や巧みに配された防御網が見つかると言われており、発掘調査のビフォー・アフターを是非ご覧ください。
御城印
今では手つかずの遺構を残すばかりの周山城。
当時どのようにして営まれていたのか、思い描くだけでも楽しみが広がります。
研究や調査でわかったことを御城印に込めることで、周山の地の歴史の奥深さを感じていただきたいと願っています。
切り絵など特別な御城印も不定期で頒布しています。
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通常版天正年間の石積み技術の貴重な資料と評される天然石を用いた周山城の石垣。遺構の中でも最も周山城の象徴とされる石垣に周山城の由縁を記した御城印です。
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金文字版最新の発掘調査をもとに二の丸から本丸の全景を再現。二の丸の大手門と登り石垣は、本丸を護るために地形を利用して緻密に練られた構造だったことがわかります。文字は金で手書きしています。
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大判明智光秀が堺の豪商、津田宗及を招き入れ茶会を開いたのは満月の夜。天守から見上げた月はさぞ美しいものだったでしょう。最新の発掘調査を反映、夜景で再現しました。横長の大判紙に文字は黒金で手書きしています。
御城印受け取りについて
- 販売場所
- 周山 慈眼寺
- 料金
- 金文字タイプ 1枚400円
一般タイプ 1枚300円 - 注意事項
- ※城址と御城印の販売場所が異なります。
※不在の場合があるため要確認
※周山城址登城パンフレットは慈眼寺で入手可能
※「くろみつ大雄尊」の拝観には別途拝観料が必要
詳細情報
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- 住所
- 京都市右京区京北周山町城山
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- アクセス
- 各線「京都」駅からJRバス(高雄・京北線)で1時間30分「周山」下車、徒歩1時間(ハイキング、山登りとしての散策に適している)
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- 駐車場
- 慈眼寺さんの駐車場をご利用ください。